「よしっ!このメイド喫茶の方向性を決めたぞ。11時から14時までランチ。15時からクローズの20時まではメイド喫茶。どう?」


ある日、私は開店前に店のテーブルで今後の経営方針について考えていた。

パソコンで一日ごとの売り上げを打ち込みながら、萌に計画を持ちかけてみる。


「じゃあ、オープンから14時までは普通の喫茶店?」


私が座るテーブルの傍で床を掃きながら・・・というか、ホウキを振り回しているようにしか見えない萌。

相変わらず敬語がなく、完全に私に対してタメ口である。まぁ、最近は慣れたけど。


「ああ、その方が働きやすいだろ?それにお客も女性が多いと思うし、入りやすくするためだよ」


「制服はどうなるの?メイド服?」


萌はホウキを放り投げ、私に面してイスに座った。


「それなんだけど〜どうしようかなと思ってるんだよね。どうしたい?」


「う〜ん・・・・・・どうしようかな。別にメイド服のままでいいと思うんだけど、思い切って違うの着てみてもいいかも」


「思い切るのか?で、まあ一応ここにランチ用の制服のデザイン画が何枚かあるんだ。見てくれないかな?」


そう言って、私は傍に置いてあったスケッチブックを開き、萌の前に差し出した。


「・・・・・・・」


萌はそのスケッチブックに描かれたデザイン画をじっと見ている。

制服の候補はメイドっぽいのもあれば、普通のファミレスっぽいやつもあり、全く違うシンプルなものもある。
そのデザイン画を描いたのは自慢じゃないがこの私である・・・・・・。
もちのろん、萌のメイド服も私がデザインしたものだ。はっはっは〜☆


「ん〜、やっぱりメイドっぽいのがいいと思う。だってここメイド喫茶だもん。メイド服は外せないわ!」


さすが、メイドだけあるな。


「じゃあ、このメイド服でいいのか?」


「うん、それがイイ!あ、でもね、デザインはだいたいそれでいいと思うんだけど・・・もうちょっとこの辺りをこうして・・・」


萌は勝手にスケッチブックに自分の要望を描きこんでいく。

あ〜・・・結局今回も萌の手直しだよ。今着ている萌のメイド服も、私の起こしたデザイン画にかなり文句をつけてきたんだよな。あまり原型をとどめることなく修正されちゃったけどねぇ。









「メイド喫茶へようこそ!」(仮)

第2話












開店前の店内でメイド服を着た状態の萌が一つのテーブルに座っている。

萌の反対側には、メガネをかけた女の子が少し顔をうつむけているように見える。

何も考えずにその場面を見れば、誰もが???になるだろう。

一般女子とメイドの組み合わせになんだか異様な光景に見えるのだから・・・。


でもなぁ・・・私から見ると、完全にメガネの子が萌にビビってるように感じるんだよなぁ。
これって圧迫面接ってやつか?


そう、これは別に談笑とかしてるわけではなく、新しくメイドを雇うために面接をしているのだ。

ウチの唯一のメイドである萌は、希望として自分のキャラと被らない「メガネっ娘」を探していたのだ。

たくさん応募があったメガネっ娘の中から萌がいい加減に決めた・・・・・・と言ったら相手に失礼だよな。
えっと・・・まぁ適切な判断のもと、候補としてあげた女の子の面接をすることにしたのであるが・・・・・・・・。


私はキッチンから2人の様子をこっそりと見ていた。

女の子は私から見てちょうど顔がはっきり見えない位置に座っている。これはたぶん、萌が図ったのだろう。
だから女の子はメガネをしているとしかわからないので、表情を伺うことができない。
その萌は女の子の履歴書を見ながら、なにやらメモを取っている。女の子は不安そうに萌を見ているようだ。

そしていきなり長く続いていた沈黙は萌の言葉によって破られた!!ってずっと何もしゃべってなかったのか!?




「―――じゃあ、まず聞くけど歳はいくつ?」




おいおいっ!まさかそんなことを最初に聞くなんてありえねぇっ!!


「・・・えっと、じゅ、19です」


なっ、なんとカワイイ声じゃないか!!これが俗に言うアニメ声か!?明らかに声が高かったぞ今っっ!!


「・・・っ!」


ちょっと興奮しそうになって私は思わず口を手で押さえた。
そんな私に気づいたのか、ふと萌が私をチラリと見てきた。


ヤバっ!


反射神経でついしゃがんで萌から見えないように隠れた。ん?なんで私は店長なのに隠れねばならんのだ??


「ふ〜ん・・・それで、家はドコ?」


萌は目線を女の子に戻すとだるそうに質問を始めた。もうちょっと優しく話しかけてあげなよ。
可哀想だよ女の子が・・・・・・って、私まだその女の子の名前わからないんですけど〜。


「こ、ここから自転車で5分のところです。一人暮らしで・・・・・・」


ん?これって履歴書見ればわかるんじゃないか?生年月日とか住所とか・・・


「へぇ〜・・・そうなんだ。で、メイドになりたいと思った理由は?」


その萌の言葉に少し俯くとモゴモゴと女の子は言った。


「学校と、い、家に・・・近いので・・・・・・通いやすいと・・・・・・」


「・・・・・・・」


萌は女の子の言葉に黙った。ん、なんか変な空気になってきたぞ。最初からあまり思わしくなかったが更に酷くなってきてる・・・・。

女の子は萌のその様子にビビっている様だ。


「あ、あの・・・・」


俯いたままの萌に、つい声をかけてしまったメガネっ娘。ヤバイでこりゃ。


「・・・・・・あなた、そんなんでいいの?」


萌が一段と低い声で言った。


「え?」


「そんな理由でこのメイド喫茶やっていこうと思ってるわけ?」


うわ〜出たこれっ、萌がキレたよ。略して萌ギレ!こんな状態で何言ってんだ私っ!!


「完全にメイドを舐めてるわね!そんなでご主人様にお仕えするなんて100万年早くってよ!!」


「・・・・・・」


完全に怖がってるじゃん。おいおい・・・大丈夫か?


「ねえ、貴女・・・本当は志望動機違うんでしょ?」


萌の人格変わってない?なんで今日のキレ方はお嬢様風なの??


「言って御覧なさい?何も恥ずかしいことはないわ」


「・・・・・・」


女の子がボソリと答えたが、聞き取れなかった萌はすうっと息を吸うと大きな声で言った。


「聞こえねぇよ!もっとデカイ声でっ!!」


人格代わり過ぎだよ萌・・・・・。いつの間にかイスの上に立ち上がってるし。

これじゃダメだ・・・。今回の面接は失敗だなこれ。やっぱり私が面接をして、それから萌と相性がいいか見ればよかったんだよな。そもそも萌は面接官に向いてないんじゃないか?

そう思って私がキッチンから出ようとしたときだった。
ガタンとイスの倒れる大きな音がした。それと同時に大きくて甲高い声が発せられた。
私はその言葉に耳を疑った。


「オタクなんです!!」


涙目になりながら必死で答えるメガネっ娘。萌はイスの上から見下ろしている。降りなよ・・・。


「私っ、アニメオタクなんですぅー!メイドにすごっくなりたかったんですぅ―――っ!!


ヒックとしゃっくり声を上げながら言った女の子はそのまま床にぺたりとしゃがみこんでしまった。


萌はじーっと女の子を見ている。まさか・・・まだ何かいうつもりじゃないだろうな?

と、その瞬間に萌から意外な言葉が発せられた。



「よしっ、合格!!」



は――――――っ!!?



萌はグッジョブと女の子に対して右手を親指だけ立てて突き出した。

女の子はぽかんとしてそれを見つめていた。目から一筋の雫がこぼれる。


そして萌はニコリと笑うと女の子に言った。









「それで、あなたの名前はなんて読むの?」


「・・・・・・・・。」









・・・・・・今まで萌が、焔の名前が読めずに困っていたことは内緒にしておこう。


結局この面接で採用されることになった。

そう、メガネっ娘の名前は焔(えん)と言う。メガネは伊達ではなく本当に視力が悪くてかけているらしい。

肩下まであるサラリとした黒髪で眉辺りまである前髪。

顔は結構可愛いい。写真より実物の方が可愛いんじゃないか?声もすごく可愛かったし。なんか背も萌より低いし、可愛いし。あれ?私さっきから可愛いしか言ってなくね?








とりあえず、すぐにメイドをやってもらうのは無理なので、近々始めるランチから働いてもらうことにした。
そこでこの店に慣れてもらってから夜も入ってもらうことにして・・・。

メイド研修はきちんとやるべきだな・・・・・・。計画も少し立てておくか。




「接客のアルバイトを少しやったことあります」




そう焔が言っていただけあって、ランチは初日から上手くいった。

周りのオフィスや家にチラシを配ったりしたおかげか、女性のお客さんもちらほら来るようになった。


「結構イイね。メイド喫茶って聞いてたからマニアな店かと思ってたけど・・・・・・」


「ね、意外と入りやすいところじゃない。ランチは手ごろでボリュームたっぷりだし」


そんな声がキッチンで動き回る私の耳にも聞こえてくる。まあ、マニアな店って言ったらマニアな店ですが。
でも昼は普通にランチメニューとして何種類か出してるし、内装だって別にそこら辺のレストランと変わらないと思うんだけどね。

メイドだって「いらっしゃいませ!」って言ってるし。


常連さんたち・・・というかご主人様はランチ導入に少しがっかりしていた様だが、萌のメイド服がランチ用にデザインが違うことに気づき、それに満足しているみたいだった。ま、夜よりちょっとスカートの丈は短いしね(笑)



焔の動きはとにかく確実なもので、ミスは一切しなかった。
面接している時のあのたどたどしくて弱弱しい感じは一切なく、テキパキと動き言葉もハッキリと声に出している。
ご主人様も焔の存在にすぐ注目し、来るたび目で必死に追っている。

でも、なぜか皆少し首をひねるのだ。メイド服は似合っているし、メガネも絶対合ってると思うのだが・・・。
何か足りない点でもあるのだろうか?私はじっと焔を見てみた。


「店長・・・見すぎです」


いきなり背後でそんな声が聞こえた。慌てて振り返ると、コップに水を注ぎ勢いよく飲み干す萌の姿があった。


「そんなに焔ちゃんがいいの?」


「な、何を言ってるんだ!?今仕事中だろ!!早く戻れよ」


「少し顔が赤い様に見えるけど?」


その言葉につい頬が熱くなる。くっそ〜何がしたいんじゃ!


「なあ、萌。焔はどうだ?仲良くやっていけそうか?」


「うん、あの子動きがとてもいいし、声も完全にご主人様のツボだからいいと思う。でもね・・・・・・」


萌があごに手を置き、考え込むようにうーんとうなり声をあげた。


「なんだ?お前も何かあるのか?」


「え?お前もって??」


私の言葉に驚いたように顔を上げる萌。


「いや・・・ねぇ、私も焔に対して何か足りないんじゃないかと考えていたんだよ」


「へぇ?それで、何か気づいた?」


「いや・・・わかんない」


「なんだ」


「なんだって何だよ?」


「え?いや、店長がわかってたら私も助かると思ったんだけどね〜」


「オイ・・・・・・。あ、じゃあ考えてることは一緒だったのか」


「まあね。私はあまり認めたくないけど」


「え。ナニソレ・・・」


あれ?私はいつから萌から嫌われるキャラになったんですか〜?


ふと冷蔵庫を開けると夜に使う分の材料がないことに気づいた。
もうランチも終わるので焔に近くのスーパーで買い物してくるように頼んだ。





「でも〜・・・・・・焔ちゃんの特徴を生かせるにはどうしたらいいんだろうなぁ」


ランチが終わり、準備中になった店内で私が一息ついてるとそんな声が聞こえてきた。
ホウキを無駄に振り回しながら萌が私を見ていた。

「何してんの。ホウキが壊れるからやめてくれ」


「ねえ店長〜どうしたらいい?」


「え〜?そう言われてもねぇ・・・まあ、夜に出るようになれば変わると思うよ?」


「うん、じゃあ今日出そうよ」


「え?何を急に言い出すの」


驚く私に構わず、萌はホウキを放り投げながら言った。


「いいじゃん。そうすれば焔の凄さが絶対明らかにできる!」


「あのなぁ。そう急に言われてもまだメイド服はできてねぇし、焔だって心の準備というものが・・・・・」


「いいよ。今日は私のメイド服貸せばいいから!ね、いいよね」


「あ〜・・・あとあれだろ?ん、なんだ、あれだよあれ・・・」


「何よ〜はっきり言いなさいよぉ!大人だろ〜??」


ホウキで人を指しながら、アイドルちっくに言う萌にカチンときて思わず叫んでしまった。


「にゃろ〜!老化が深刻なんだよ!!ほっとけ」


「で、何?」


すぐに我に返り、ゴホンと咳払いをしてから言い直した。


「一応、焔にはランチやってもらっているけど、夜は初めての場合ご主人様に紹介をしなくちゃならないだろ?」


「私、そんなことしたことないんですけど」


むすっとして言う萌に構わず続ける。


「萌は最初からご主人様に仕えていたという設定だからいいんだよ。で、2人目からは紹介するためにステージでお披露目をしなくちゃいけないんだろ」


「ステージ・・・お披露目・・・」


「何だよ・・・」


「私はただ店長が焔ちゃんのお披露目を見たいんじゃないの?としか考えられない」


どきぃっ!!なぜか一気に変な汗が出てきたのは気のせいか?


「なっ、何言ってるんだよ。そんなことないぞ!わかった、萌も何かやればいいじゃないか」


ホントに私は考えていただけだぞ。下心なんて一つも無い!!

だが、その心とは裏腹に冷や汗が出てくる。そして萌の視線も怪しんでいる。


「ふ〜ん。怪しい・・・」


いやいや、何も怪しくないぞ?何を言っているのだ萌くん。

このメイド喫茶を始めたのだって、ブームに則って始めただけのことだ。
メイドが好きだとか、ロリコンだとかそいうのは一切無い。私は経営だけのことを・・・・・・





「言い訳がましく言うと、余計怪しく聞こえますよ?いばさん・・・」





「!!?」


顔を上げて萌を見た。


「何?私の顔に何かついてる?」


「萌、何か言わなかったか?」


「何も言ってないけど・・・」


「そ、そうか?」


じゃあさっきの声は誰だったんだ?記憶の中にある言葉か・・・・・・?


頭に手をおいて考え込む私に、萌はため息をついて言った。


「じゃあ焔ちゃんに、さっき店長が言ってたこと伝えておくよ。店長は早く夜の仕込みを終わらせて!」


「あ、ああ・・・」


私はうなずくとキッチンの奥へ戻った。まだやり残していた仕込みを終わらせるため、ボールを手に取った。




―――言い訳がましく言うとよけい疑われますよ?




さっきのは空耳だったのか・・・?


もやもやした記憶が頭の中で回っている。はっきりしない天気で、ほとんど空に曇がかかってしまっているように・・・。


私のこのもやもやが晴れる日が来るのだろうか?何か過去に言い訳がましいことを言ったのか?




この疑問で頭がいっぱいになるころ、萌と焔の笑い声がホールから聞こえてきた。









つづく。