ただ何か新しいことをしてみたいと思った。
でも、とくに何も思いつかなかったのでなんとなくコンビニで週刊雑誌を手に取った。
「ん?今流行のメイド喫茶・・・・・・」
頭にカチューシャをつけて、レースがついたふわふわなワンピースにひざ上まであるハイソックス・・・・・あ、これはニーハイソックスと言うんだっけ?で、店に入ってきたお客を全てご主人様として迎え、仕える・・・。
ふ〜ん・・・「お帰りなさいませ、ご主人様」ねぇ・・・。
ぱらぱらとその記事を読みながら、なぜか私の頭の中ではこれから何かとてつもないことを始めようと考え始めていた・・・・・・。
「メイド喫茶へようこそ!」(仮)
ここは東京からさほど遠くはない、とある街。
なぜかこんな所に一軒だけ、メイド喫茶がある。
そのメイド喫茶の店長はこの私、いばおみである。この間までふつーの会社でふつーに働いていたのだが、あまりにも普通すぎて辞めてしまった。
どうせならここで一つ新たなことをしようと街の中をぶらぶらしていて、ある本屋で手に取った雑誌の記事を見たところから、こんなことになった。
今更ながらなぜ、こんなメイド喫茶をやろうと思ったのか・・・。今は厨房から店内を眺めながらそんなことを考えている。
・・・・・・・・で?
なぜアキバ辺りじゃないのかって?
理由は・・・・・・「無いところに作れば客が物珍しさに来るんじゃね〜の?」と思ったから。
簡単すぎでしょ。それに自分の家から近いところに作った方が楽じゃん?
「お帰りなさいませ、ご主人様!」
店内に響く元気で明るい声。一人のメイドが笑顔でお客・・・じゃなくて、ご主人様を迎えているようだ。
「こちらが今日のメニューです。お好きなものをどうぞ☆」
テーブルに案内し、メイドがご主人様にメニューを届けに行った。
「萌ちゃんはいつもかわいいねぇ〜」
どうやら声を聞いてみると、ご主人様は20代後半か30代の男のようだ。「いつも」と言ってるから、常連さんか?まだこの喫茶を始めて1ヶ月しか経ってないのに、慣れはすごいな。ま、2回目からなら馴れ馴れしくできるもんだよな。
「ありがとうございます。萌はと〜っても嬉しいですぅ!」
ゆうこりんみたいな甘い声で答えるメイド。たぶん、潤んだ瞳で組んだ両手を顔の右下辺りで曲げて、作り笑顔で言ってるんだろうなぁ・・・。
さすが、萌。メイドをやりたいと言っただけあるな・・・。
萌はこのメイド喫茶のNO.1メイドである。この喫茶を始めるときに、店の入り口に張ってあったメイド募集を見ていたところを私が発見したことをキッカケに、ここで働いている。
肩にかかるぐらいの茶色まじりのストレートな髪。メイド特有のカチューシャをつけ、黒いワンピースに白いフリルのエプロン。そして黒いニーハイソックスをはき、動きやすいように黒いローファーをはいている。ごく一般的なメイドだが、それがやけにご主人様たちにウケがいいらしく、耐えることなく店に訪れてくる。
「ご主人からご注文をいただきました。“あいす萌パフェ”お願いします!」
苦笑いをしているところで、萌がカウンターから注文を出してきた。
私は慌てて立ち上がる。
「あ、店長。まただらけてた!何してるんですか」
「あ〜ごめんごめん。ん?パフェね。わかったよ」
メイドの文句にかまわず、冷蔵庫を開けて、材料を取り出す。
確かパフェは三色アイスにバナナと・・・・・・
「店長・・・」
「何?萌ちゃん」
「もうさすがにキツイですよ」
「なんで?」
大きめのグラスにフレークやチョコソース、バナナなどひょいひょいとを入れていく。
アイスを最後に乗せるこのバランスが大事なんだよな・・・。こう上手く乗せないと萌えじゃなくな・・・・・・
「店長、このメイド喫茶初めて1ヶ月経つんですよ?あと何人かメイドを増やしてもいいと思うんですけど」
「あ〜〜〜っちょっと傾いちゃった。これじゃ萌えじゃない〜」
萌の話に少し、手元が狂い、アイスを目標地点よりちょっとずらしたところに乗せてしまった。これじゃブラウニーを乗せたときにバランスが・・・・・
「店長?だってこのままじゃ――――」
萌の言いたいことはとてもわかる。わかるのだが、今はその話を相手にしているわけにはいかない。
早くブラウニーを乗せて、マシュマロを・・・・・・ああ、アイスが溶ける・・・・・・・
「なあ、いばさん。シカトしてんですか?コノヤロー」
「はっ!!」
ふと顔を上げて、カウンター前に立つ萌は完全にプツンときていた。先ほどまでのご主人様に向けていた笑顔とは正反対の・・・・まるで悪魔のようなつりあがった目。変な黒いオーラも出てきている。
やばい、あまりにもパフェに夢中で萌の話をシカトしてしまった!
許してくれ。私にはこのパフェをコンプリートさせるという使命がっっ!!
「も、萌ちゃん。でもまだ店の利益から考えると人を雇うのは難しいんだよ」
慌ててそう言った私だが、萌はドンとカウンターを叩いて叫んだ。
「だからって私一人でホールはやっていけねぇよ!!」
「ひいぃぃいぃぃぃ〜!!」
そうなのだ。私は唐突にメイド喫茶を始めた為、資金がすぐに集まらなかった。結局人を雇うお金がなく、メイドは萌一人だけしか雇えなかったのだ。ごめん、ごめんよ。萌ちゃん。
このメイド喫茶は駅からとても近く、徒歩3分で着くビルの2階にあり、上の階にはマニアが訪れるマンガやアニメが売っているショップがある。そのおかげか、お客・・・じゃなかった、ご主人様が来てくれるのだ。
店の席数は20席。来るときは多くて満席の時もある。土日なんて特にそうだな・・・。
萌はそんなときでも必死で頑張ってくれている。ご主人様一人一人に笑顔を絶やさず、奉仕をしている。
ま、私も裏で料理やらなにやらやってるけど・・・。
さすがに2人でやるのはキツイかなぁ・・・。
「も、萌ちゃん?」
萌のキレっぷりに驚くご主人様。おいおい、萌ちゃん、ご主人様の前で店長に向かってキレるなよ。
「あぁ?」
ご主人様の引きつった声に、萌はそちらに顔を向ける。
「ひっ!」
萌のキレっぷりに完全に引いてるよな・・・・・・これ。
「ちょ、ちょっと萌ちゃん!!萌ちゃん?」
萌がキレるとどうやら手がつけられないらしい。やばい、このままだとご主人様にまで危害が・・・・・。
私が必死に呼びかけるも、萌はご主人様をにらみっぱなし。
「萌ちゃん。パフェ持って行ってもらえるかな?その件はなんとかするからさ。ね?」
そう言って、カウンターからできたばかりのパフェを出す。萌は私の方を向き、言った。
「前もそう言ってはぐらかしたろ?」
「あ、あのね。じゃあ・・・今日、クローズ後によく話し合おう。話し合いが大切だと思うんだよね」
「・・・・・・・」
「だ、ダメかな?この店の方針とか決めることたくさんあるし・・・ね?」
「・・・・・・逃げんなよ?」
「わ、わかりました。萌様」
私が頭を下げてそう言うと、萌は鼻で「フン」と笑い、パフェをトレーに乗せると先ほど脅えていたご主人様の下へ向かった。
私はいつの間に萌に頭を下げるようになったんだ?ところで、そんなんで萌の機嫌は直ったのか?
「お待たせしました、ご主人様」
気になる私はこっそりと、カウンターから店内をのぞき見る。
ご主人様はどうやらこの近くに通う大学の学生だな?近くに学校もあり、時々そこの学生がご主人様としてやってくることがある。まあ時々モノ好きな先生も来るのだが。
「萌ちゃん。怒ってる?」
男がびくびくしながら萌に話しかけた。その言葉に萌はどう反応するんだ?というか、よくキレてる萌を前に話しかけることができるよなぁ・・・。
「ご主人様・・・私何かご主人様に対して失態を・・・?」
ん?なんだ?萌の様子が・・・・・・
「さっき、何か叫んでいた様だけど・・・・」
そう言って脅えているご主人様。オイオイ・・・こんな関係はないだろ。
と、思ったところで萌はいきなりしゃがんで目を潤ませ、両手を口の辺りで組んだ。
な、何をするつもりだ?
「ごめんなさい。ご主人様。私、時々自分が自分でなくなるの。ご主人様にもう一人の自分が何をしたかわからないけど、萌は萌だよ。ご主人様・・・萌は怒ってないよ?」
は?何か電波な事言ってないか?萌、どうした。頭がおかしくなったのか?
男だってめちゃくちゃ驚いてるじゃん。絶対やばいって。
「萌ちゃん・・・二重人格?」
え?
萌はその男の言葉にコクリとうなずく。そりゃねえだろ。ま、確かにキレたときは別人のようだけど・・・。
「萌ちゃん。大丈夫だよ。そんな萌ちゃんでも僕は好きだよ」
オイオイ。告白しちゃったよこの男!!あ、ご主人様だよ。何だよ。これ。
「ありがとうございますご主人様。あ、パフェのアイスが溶けちゃう。じゃあ萌が食べさせてあげる」
そう言って萌はスプーンでアイスをすくってご主人の口へと運ぶ。
「はい、あーんしてvv」
うっわ〜萌えぇぇぇぇぇぇぇ(*゚∀゚*)!
結局、男・・・じゃなかった、ご主人様は萌をたいそうお気にめしたようで、また来週も来ると約束をしたそうな・・・。
「行ってらっしゃいませ。ご主人様」
そして、たくさんのご主人様を丁寧に送り出し、今日の営業も無事(?)終えることができた。
「はい、お疲れ」
コトンと萌の前に残り物の材料で作ったオムライスとサラダを出した。
私と萌はお互い一人暮らしなので、夕飯はここで食べる。萌は料理をつくるのが苦手のようだ。
一度、夕飯というか、賄いを作らせようと思ったが包丁を振り回したのでやめた。
それ以来、私が作っている。
萌が一番好きなのはブラウニーパフェで店で出している「あいす萌えパフェ」がそれだ。中に入っているブラウニーと焼いたマシュマロをアイスクリームと一緒に食べるのがたまらなくおいしいらしい。
私はどちらかというと、和菓子が好きなのでよくわらび餅や団子を作って食べている。
萌はもぐもぐとオムライスを食べながら昼間の話を持ち出した。
「で、店長・・・今後どうするんですか?」
「あ、ああ・・・そうだよね。今後か・・・」
「何も考えてないとか、そういうのはないですよね?」
「そりゃそうでしょ。まあ、ここずっと売り上げはいいから人を雇うことはできるようになるよ」
その言葉に萌は嬉しそうに言った。
「じゃあ早く募集しましょう!!」
「そうだな・・・とりあえず求人雑誌に広告を出すか」
「私が描きます!」
「え?」
萌はニコリとすると、そばにあったペーパーナプキンを取り、ボールペンでなにやら書き出した。
何書いてるんだ?あ、そういえば・・・メイドを雇うとなると服を用意しなくちゃいけないんだ。面倒だな。一人最低でも2着必要だもんな。
「それで、店長。何人雇えるの?」
「ん?そうだな・・・多くても2人かな」
「2人・・・と。筆記と面接で・・・希望としてはメガネっ娘と天然萌え・・・と」
「おいおい、何を書いてんの?」
「はい。できたvv」
ナプキンを私の方に差し出す。見ると変な物体が描いてあり、その横に店の募集要項が書いてあった。
「何、この物体・・・?」
私がそう言って、指差すと萌は目をぱちくりさせて答えた。
「それはウサギ!見てわかんないの?」
「えっ!!?」
どう見てもうさぎじゃねぇよ!変な物体だよ。耳がやけに離れてるし・・・・・・。
ごほっと咳をし、コーヒーを一口飲み、気持ちを落ち着けた。
「萌ちゃん、じゃあ面接は萌ちゃんがやってくれるか?」
「え?店長がやるんじゃないの?」
萌が驚いた声をあげる。
「いや、だって私が面接して合格させても、萌と息が合わないとやりにくいだろ?」
タイプが違うし、私が決めたところでキレられるのが目に見えてるし・・・。
「あぁ〜まぁ〜そういえばそうよね」
「いつの間にか敬語がなくなってるけど・・・まあ、いいや。だからよろしくね」
そんなんでいいのかわからないが、とにかく面接のことは萌にまかせることにして・・・
あ〜・・・今後の経費について考えねば。トホホ・・・。
メイド喫茶「CITサービス(仮)」 <時給 800円〜>
☆メイドさん募集☆
興味のある方、ぜひやってみませんか?ご主人様にご奉仕しましょvv
年齢は18〜25歳の女性。週5,6日で働ける人。
*希望するメイド*
メガネっ娘、天然萌え、その他ご主人様が喜びそうな萌えをお持ちの方。
まずはお電話をください。
メイド喫茶『CIT(仮)サービス』 営業時間 11時〜20時
連絡先 047-***-**** (店長まで)
↑さすがに変なウサギは求人雑誌の編集者の方に止められた(苦笑)
なんか、これ見て思うんだけど・・・・・かなりマニアだよなぁこれ。
求人雑誌で募集をかけたら、意外や意外・・・結構たくさんの電話があった。
だが、中には40代ものおばさんからも電話があった。いや、年齢は18から25までと書いたはず。
メイドだけの募集でこんなに電話がくるなんて、少しは人気がある証拠なのか?でも、女の人がこの店に訪れるのを見たことがない・・・・・・。やっぱ誰でも入りやすい雰囲気を作るべきなのかな〜。
「簡単じゃん!」
そんな悩みを軽く弾き飛ばすのは、このメイド喫茶唯一のメイドである萌ちゃん。
最初のころは私に対してそれなりに敬語を使っていたが、今は微塵も無い。
一応、年は離れているんだけどなぁ・・・。
「何か、いい案はあるの?」
「ランチやればいいんだよ」
「ランチ?」
「ここって近くに大学あるし、オフィスも結構あるし、人は来るんじゃない?」
「ふん・・・なるほど・・・・・・」
腕を組んで考えてみるが、なるほど・・・よく近くのショッピングビルのレストランのランチでは女性が並んでいることが多い。お得なランチを置けば、女性も来てくれるんじゃないか?
「でもなぁ。そしたら萌が大変なんじゃないか?余計忙しくなるかもしれないし・・・」
「だーかーらー早く人を入れろって言ってんじゃん!」
「オイオイ・・・電話はたくさんかかってきてるんだよ。まずは書類選考してからじゃないと面接できないよ」
「そんなんくじ引きでいいじゃんよ〜」
「何そんなに面倒くさがってんだよ。ここでしっかり決めないと後で困るだろ?」
むすっとする萌に構わず、私は送られてきた履歴書を見ながら、ランチのことを考え始めた。
ランチと言っても、何をメニューにするべきか・・・・まぁスパゲッティとかペッパーライスのセットあたりでも大丈夫だろ。あ、日替りで何かやってもいいな。シェフの気まぐれとか・・・カッコいいじゃん、何か。
「誰がシェフなの?」
「えっ!?」
「シェフのきまぐれって何それー」
口に出していないつもりが出てたみたい?
萌の不振そうな顔に慌ててごまかすために、一枚の履歴書を引き抜いた。
「この子はどうかな?萌ちゃん希望のメガネっ娘だけど」
募集要項として、萌は自分と違うキャラクターを探すため『メガネが似合う人。天然ボケの人。』と書いていたのだ。ま、そうそう萌と被るキャラなんてどこにもいないだろうけど・・・。
萌はその履歴書を手に取り、じっと写真を見た。
「ふ〜ん・・・・・・普通の子ね。なんか物足りない」
「辛口だなオイ。どう?面接してみる?」
「他にメガネの子はいなかったの?」
「あ〜・・・他にも4,5人ほどいたけど」
そう言って、分けておいた履歴書を萌に渡した。
萌はサササっとその履歴書を見ると、少し考えていたようだが面倒くさいと思ったのか、履歴書を上へ投げてしまった。バサリと宙を舞う履歴書たち。
「何してんの!?」
思わず声をあげて、履歴書を拾おうと手を伸ばした。
「手を出すな!!」
ビクッ
萌の突き刺さるような鋭い言い方に、手が止まる。
パサリと床に落ちていく履歴書。萌は全ての履歴書が落ちると、一番手前にあった紙を掴んだ。
「この子に面接決定!」
「はいぃっ!???」
やっぱり、萌のやることはいい加減である。
つづく。